立派なブドウ







 スーパーマーケットの入り口からいちばん近くの平台に、濃いむらさき色をした、立派なブドウがたくさんならんでいた。特価とプリントされた黄色いプレートには、980円の文字。ブドウの質の良し悪しの判別ができないわたしにとって、この金額が安いのか高いのかもよくわからなかったけれど、きれいに整列された宝石みたいなブドウのなかから、薄いビニールの包みを突き破りそうなほど大ぶりなものを一房、持ち帰った。

 そんなふうに、頻繁には買わない、魅力的なものに目を奪われてしまったので、肝心のお醤油を買ってくるのをわすれてしまい、蒼也くんに買って帰るよう連絡をいれたのだった。


「ただいま」
「おかえり。ごめんね、面倒かけて」
「いや、問題ない」
「ねえ、それ」

 わたしが笑いながら蒼也くんの手元を指さすと、目に留まって、うまそうだったからと、彼も、立派なブドウを買っていた。わたしたちは、ブドウを冷蔵庫にしまい、ブドウのために夕食をいつもよりも少なめにした。


 ブドウの食べかたはいろいろあるけれど、わたしは結局のところ、なにも手を加えたりせず、そのまま食べるのがいちばんおいしいと思っている。夕食後、水を張った桶に食器をひたして、冷蔵庫から二房のブドウを取り出し、さっと洗って、それぞれ平らな皿に盛る。それから皮と種を入れるための少し深めのボウル皿を持ってリビングへ行き、テレビを見てくつろぐ蒼也くんの前の、小さなセンターテーブルの上に置いて、となりにくっつくように座った。


 ふたりでほとんど同時に、一粒口へ運ぶと、皮の薄いところからみずみずしい果肉が弾け出て、つめたくて、あまくて、わたしはこのあまさを自然が作り出しているなんて、自然ってほんとうにすごい、と乏しい語彙力で大げさなことを思った。

「おいしいね」

 蒼也くんはもぐもぐと咀嚼をつづけながら、うんうん頷き、つぎからつぎへとブドウを手に取り、なんだかあっという間に一房を食べきってしまいそうな勢いだ。

「蒼也くん、知ってた? 熟す前のブドウって、とっても渋いんだって」

 わたしたちは皮と種をボウルの中に入れ、次の一粒をつまんだ。

「山梨県のブドウ狩り体験ができる農園で、そういう渋いのも食べさせてくれるみたいなの。食べてみたくない?」

 蒼也くんは、おいしいブドウを目当てに行くのなら理解できるが、おいしくないと分かりきっているブドウを目当てに、わざわざ出かけるのか? と、わたしにきいてきた。それは、そうなんだけど。わたしは、だってなんだか楽しそうじゃない、と返した。いつだってわたしは、心がぐんっと動くほうを優先したいのだ。


「しかも、その農園にはワインセラーがあって、自家製のワインやシャンパンが飲み放題なんだって」


 いいなあ。

 わたしがぼそっとつぶやくと、蒼也くんは一瞬だけ耳をぴくりと動かして、ブドウを食べる手を止め、立ち上がり、シンクへ手を洗いに行った。その間にもわたしはブドウを食べつづけ、戻ってきた蒼也くんは、真剣な顔つきをしてスマートフォンでなにやら操作をし始めたので、ブドウに手を伸ばしながらちょっと画面を覗いてみたら、彼は農園の場所や、行きかた、任務のスケジュールを確認していた。
 わたしは蒼也くんのこういうところが好きで、付き合うことを決めたんだったなあ、と思い出し、わくわくしながらブドウを口に含んだ。







2024.10.16