後の祭り







 好きでもない女に好きだと言われるのは如何にも面倒だ。あちこち付き纏われたり逐一連絡を寄越したり考えただけでうんざりする。でも悪くない。何故なら自分の好き勝手に出来るのだから。例え力任せに酷く扱っても一匙の砂糖のような甘い囁きさえ有れば大抵の場合は許され、もっともっとと強請られる。そう言う類の女には何度かキスをしてじっと目を見詰め弱い力で肩をそっと抱けばいい。舌を吸い相手の目が段々と虚ろになったところで手を握り腰を支え押し倒す。至極簡単な事だ。後は俺の好きなように、例えば前戯も無しに突っ込んだり縛ったり泣かせたりしたっていい。
 それにしても今日の女はいちいち五月蝿い所があって気が滅入る。皮膚の薄い部分に少し触れただけで奇妙な声を出して喘ぐ。下の口なんか緩み切っていて丁寧に慣らさずとも三本の指をすっかり飲み込んで嬉しそうに体液を零している。俺は指を動かしながらこの女とはもうこれっきりにしようと思った。こんな時ならば如何だったろう。愛撫の度に声を殺して唇を噛み締め震えながら涙を流したかも知れない。若しくは大きく肩を上下させて弱い力で俺の胸を叩き糸のような声でそれが俺の嗜虐心を煽るとも知らず何度も止めてと訴えたかも知れない。溜息を吐いて緩み切った女の其処に自分の熱を捻じ込み目を閉じの温かい膣を回想する。彼女の狭い入り口に俺の指は一本入れるのもやっとで二本目を飲み切るまでには随分と時間が掛かったものだった。ゆっくりと掻き分けて漸く辿り着いた彼女の其処は包み込むような柔らかさとぴったりと吸い着くような粘り気のある感触、それでいて声を漏らす度に指ですらも緊く締め上げるのだった。俺はその緩急に酷く恍惚とした。汗で湿った栗色の髪と真白な陶器のような肌。薄らと浮き出た鎖骨。掌に丁度収まる程の乳房。引き締まった腰の括れ。形の良い臍。しっとりと水気を帯びた柔らかい陰唇。細い腕が枝のようにしな垂れ、不揃いな歯が首筋に食い込んでゆく。


 交わした温もりが徐々に風化して何時かその肌の感触も声も何もかもを思い出せなくなって仕舞う前に伝えておけば良かった。お前がずっと好きだった。あの時、俺はお前にそう伝えるべきだったのだ。


 今、何処で何をしているかも分からないお前の名を呼んでも返事など返ってくる筈もなく喪失感を埋める為上辺だけの関係を幾つも取り繕ったところで何も変わりはしない。目を開ければだらしなく脚を広げ昏倒した女と萎びたコンドーム、それに溜まった行き場のない生殖細胞が虚を仰ぎ横たわっている。白濁と乾涸びたこの光景に吐き気さえ催してくる。これが後悔か。混沌とした意識のなか胸に染み入ってくる漠然とした切なさ。逃れようとテーブルの上の煙草に手を伸ばせば目の前の女が汗に塗れた髪を掻き上げ馬鹿みたいに語尾を伸ばして言った。ねえ。って誰よ。







2019.04.20