枇杷とくもりの日の公園
朝の早いうちにベランダに干しておいた洗濯物がとても今日じゅうに乾きそうにないので、お昼ごはんの焼きうどんを食べたあと、コインランドリーへ出かけた。
このところ、三門市はぐずついた天気がつづいていた。ようやく晴れの予報が出たと思ったら、起きてみれば、どんよりと重たいくもり空。洗濯物は溜まるいっぽうだった。けれどわたしは、いくら洗濯物が思うように乾かなくとも、くもりの日をきらいだと思ったことはない。だって、くもりの日は彼の瞳の赤色が、いちばんきれいに見えるから。
「財布と鍵、忘れるなよ」
彼が、テバのスポーツサンダルを履きながら言った。いつかの休日にショッピングモールで買った、お揃いの、黒のハリケーン。その横には、生乾きの洗濯物がたくさん詰め込まれたランドリーバスケット。わたしはキャンバス地のトートバッグにハンドタオルとお財布とキーケース、あとはコンビニでもらったビニール袋に枇杷の実よっつを放り込んで、部屋を出た。
◇
コインランドリーで洗濯物を乾燥機にかけているあいだ、わたしたちは近くにある公園へ行って時間を潰した。いくつかあるベンチのなかのひとつに並んで座り、そこからすこし離れたところにあるすべり台やブランコ、鉄棒などの遊具で賑やかな声を上げて遊ぶ子どもたちをしばらく眺めていた。雨でなければ、子どもたちにとっては晴れていようがくもっていようがまったく関係ないようだった。わたしは、持ってきた枇杷の実をビニール袋から出して、彼に渡した。昨日、バイト先からの帰り道にある青果店で買ったそれは、黄色とも橙色ともつかない独特の濃い色をしていて、愛らしい丸みと、びっしりと短いうぶ毛を生やして、平台の、いちばん目立つところに陳列されていた。
食べよう、とわたしが言うと、彼は黙ってその実を受けとり、おしりのほうのかたい皮から、やさしく剥いていった。剥いた皮や種を入れるよう、ビニール袋を空っぽにして、彼とのあいだに置いておく。袋の中はあっという間に鮮やかな色を付けていった。
「あまい」
つるりとした実に齧りつき、彼がぼそっと呟いた。わたしも同じように齧りつき、あまい、と真似して言った。枇杷なんて、久しぶりに食べたな。まだ口の中に残っているそれを咀嚼しながら、彼がまた呟いた。
枇杷の種は結構大きいから、実の大きさに対して食べられる部分は意外と少ない。わたしと彼はふたつずつ、平等に分けあって食べた。
「蒼也くん、キスしてもいい?」
ビニール袋の口を結びながら、彼に訊ねる。今じゃなきゃだめなのか? 彼は果汁に塗れた手のひらを上に向けて、わたしに訊き返した。今じゃなきゃだめ。また、真似するみたいに返事をしたら、彼はわたしと遠くではしゃぐ子どもたちとの中点を見るように、顔をわずかに左へ向けて、目を瞑った。目を瞑ったということは、キスしてもいい、ということ。本当はもうちょっと横を向いてくれたらいいのだけれど、目を閉じてわたしの唇をじっと待っている姿がとっても可愛いから、許してあげる。
わたしたちはふたりとも、指先から手のひらまでべたべたに汚していたから、わたしは唇以外、なにひとつ彼に触れないように首を傾け、覗き込むような姿勢でそうっと口付けた。ほんの一瞬の、柔らかな感触。薄らと目を開けると、彼の目蓋はまだ閉じたままで、なんだか眠っているみたいに見えた。
「あまいね」
わたしが言うと、彼はゆっくりと赤い瞳を見せて、少しだけ口角を上げた。それから公園の隅にある水道で手を洗って、ふかふかに乾いた洗濯物を持って帰った。
2019.06.01