交尾
※とても変な話







 わたしたちは、任務の前後や非番の日の、あたたかい午後の日差しが降りそそぐ空のしたで、つつましく肌を合わせます。彼はそれを、交尾だと言います。ヒトの交尾。ウサギや、イヌや、ブタなんかがするような。彼らと異なる点をひとつだけ挙げるならば、それは、繁殖を伴わないということ。

 家を持たないわたしたちは、ひとの目の行き届かないほど背のたかい草の生い茂る、鬱蒼とした森の片隅で、出来るだけ音をたてないように息をひそめて、しずかに、しずかに交尾をします。


「脱げよ」

 交尾には、前戯と呼ばれる行為がありません。わたしが裁着袴の紐を解き、猿股に似た下着といっしょにずり下げると、すぐに腰を掴まれ、四つ這いの姿勢をとらされて、彼が視界から外れる。やわらかな脂肪に包まれた肌のおもてを、つめたい森の空気がなでてゆく。


「おい、力抜け」

 彼のかたくなった性器が内部を押し入り、粘膜の壁を突き刺して、わたしの膣はまだ充分に慣らされていないために鮮血を垂らして腿を伝い、抉り取られるような痛さと徐々にそれを上回り襲いかかってくる快楽とに耐えながら、わたしは声を出すまいと、くちびるを噛み締める。そうしてひととおり済ませてしまうと、彼もわたしもひどくすがすがしい気持ちになって、まるでなにごともなかったふうに、元の生活へと戻ってゆきます。




「伊之助」
「なんだよ」

 ある非番の昼間のこと、彼に連れられ、薄暗く深い森のなかでいつものように黙々と袴を脱いでいると、わたしの頭に、ひとつの案が浮かびました。

「今日は、ヒトにしかできない体勢で、交尾をしましょう」
「どういうことだ」
「向かい合ってするんです」

 そう提案して、わたしは彼の目の前、湿り気のある土のうえに仰向けになり、両脚をたたんで広げ、彼に向かってまっすぐ両手を伸ばしました。そうして手のひらをなびかせ、こちらへ覆い被さるように示しました。

「わたしの上に、重なるようにしてください」


 彼は最初こそ戸惑いの隠しきれない表情を見せたものの、これまでと異なる挿入感に恥ずかしくも恍惚としながら、ため息にも似た長い息を、天に向かって吐きました。

「ヒトの、交尾のことを、性交と、いいます」
「セイコウ? はっ…、なんだっ、それ」

 彼は押し寄せる快感に眉根を寄せて、睫毛をふるわせ、口からは荒い息を吐いて、夢中でからだを揺らします。これまで、たったの一度も見ることのできなかった、彼のせつなげな表情。いまにも泣きだしそうな、焦燥と色情に駆られたその顔を、わたしはうっとりと見上げました。わたしたちを囲うように聳える樹々の枝葉が風に揺れ、それらの合間から真昼の太陽が針のような日差しを投げて、わたしの目を眩ませる。彼の両手がわたしの膝を掴み、からだの揺れの速くなるのに合わせて、すこしずつ力強くなってゆく。内側が何度も擦れ、摩擦の痛みと言いようのない心地よさとが、からだの奥を熱く溶かしてゆく。この痛みだけが、彼だけが、わたしに生きていることを教えてくれるのです。


「はあっ」

 わたしは、彼のしなやかな、美しく纏った筋肉の鎧に縋りつき、指を這わせて、声にださずに、好き、とつぶやきました。彼はからだをこわばらせ、情けない声とともに二度ほどおおきく腰を揺らしたあと、わたしのとなりの、木葉や小石の転がる湿った土のうえへ、白濁を吐きだしました。性器の抜けたわたしのからだは、ぽっかりと穴が空いてしまったように感じられ、わたしは力尽き、四肢を投げ出し横たわり、重たくのしかかる目蓋をうっすらと開いて、彼の袴を穿くのを、ぼんやりと眺めました。そうして、傍らに撒かれた、すでに大地へと吸収されつつある死んでしまった彼の種子たちを、指に取って舐めました。それはなんとも言いがたい、苦いような、しょっぱいような、妙な味をしていました。繁殖の伴わない交尾は、この上なく虚しいことのように思います。







'正常位'
2019.12.04