メロン、彼のいない朝







 朝起きると、となりで眠っていたはずの彼が、いなかった。ひとりぶんの空間のあいたベッドは掛け布団との隙間からひやりとした空気が入り込んで、わたしはその端を引っ張って肩まで被った。彼の温もりは消えていた。

 こういうことは度々あった。なにも言わずに部屋を出てゆき、何日かして、わたしがアルバイトを終えて帰宅すると、まるでずっとそこにいたみたいに彼がソファに腰掛け、カフェオレを飲みながらテレビの前で寛いでいて、「ただいま」と言うべきなのか、「おかえり」と言うべきなのか迷っていると、彼が小さな声で先に言う。任務だった。


 ベッドから出て、二日酔いのために痛む顳顬をおさえてキッチンへ向かう。ミネラルウォーターを取り出そうと冷蔵庫の扉を開けると、なかに『レジにて半額』のシールが貼られた透明なプラスチックの容器に入ったカットメロンがあった。蓋の上には蛍光色の、正方形の付箋が貼ってあり、丁寧な字でこう書かれていた。

 しばらく出かけます。
 よかったら、食べてください。

 彼が昨日の夜から今日の朝にかけて、なにを食べたのか、わたしにはわからない。昨夜、わたしは飲み会に参加して、帰宅したのは彼がベッドに入った後だったし、朝にはもういなかった。流し台の横の水切りかごに、彼のマグカップとフォーク、空の牛乳パック、ミキサーが乾かされていて、わたしはそれを見て、彼がこのメロンと牛乳とでジュースを作るところを想像する。それはとても簡単な推理ゲームをするように。そうして、彼は、どんな気持ちでこのメロンを買ったのだろう、どんな気持ちでこのメロンを食べたのだろうと考える。彼の最後の晩餐がこれだったらどうしよう、とも。

 不安に苛まれてしまったわたしは、部屋じゅうのカーテンを開け、窓も開けて、テレビのスイッチを入れ、ベランダに出る。外の空気を肺のなかにたっぷりと吸い込み、ゆっくりと吐きだす。それから窓の縁に腰掛けて、透明な容器の蓋を外し、甘い香りのする、熟れたメロンを次々に頬張っていく。淡い黄緑色のそれはぐずぐずに柔らかくて、甘ったるくて、彼は、いつ帰ってくるのだろう。


 彼のいない部屋は、いつもより寂しい。外から聞こえる車のエンジン音や、自転車を走らせる学生たちの笑い声、はためくカーテンがそれを紛わすようにわたしの耳を通り抜けてゆく。テレビでは、爽やかな花柄のワンピースを着た気象予報士の女性が、三門市の天気をにこやかに伝えていた。

「今日の三門市は日差しが強く、よく晴れるでしょう。この高気圧は明日も引き続き──。」


 あたたかな日差しを体に浴びて、今日は、洗濯するのにぴったりの日。両手を広げ、握りこぶしを空に突き上げて、ううんと伸びをして、思う。
 蒼也くん、あなたは今、どこで、なにをしてる? 早く帰ってきて、おいしいもの、たくさん食べよう。それから、あったかいお風呂にふたりで入って、あったかいベッドでふたりくっついて眠ろう。三門市は今日も明日も、晴れです。







2019.07.09