金曜日







 このところ、雄太くんは夜おそくまで論文の編集に追われていた。
 ダイニングテーブルのうえにラップトップをひらいて、指は蜘蛛みたいなうごきをしながらタイピングをつづけ、目は青白くひかる画面を一所懸命にみつめている。ときどき、きりのいいところまですすめると、右手で目頭をぎゅっとおさえ、わたしにむかって、さきに寝てていいから、という。


 わたしは待ちくたびれてしまって、お風呂で充分にあたためたからだは、足先までもうすっかり冷えきっていた。寝巻としてつかっている雄太くんのおさがりのTシャツに──わたしはくわしくないけれど、雄太くんいわく、いいブランドのものだそうで、質もよく、まだまだ着られるのにもう気分じゃないとかいってわたしにくれたものだ──、こまかなレースや刺繍のはいったショーツをはいて、雄太くんと向かいあうように椅子に座る。

 彼は、わたしの格好をちらと見てから、あんまりちかくで見られてると集中できないな、といった。けれど、わたしは気にせずに、はちみつ入りのホットミルクをすすった。


 だって今日は金曜日。
 明日は、彼のゼミも、わたしの仕事もおやすみ。めざましをセットしなくていい夜。朝まででも、昼まででも、夕方まででも、そのままつぎの日の朝までだってのんびりと寝ていられる。さすがにそこまでいってしまうと、おきたあと頭がいたくなるのでしないけど。
 つまるところ、わたしは雄太くんといっしょにはやくベッドへ入りたいのだ。



「そろそろ、おわりそう?」
「まだ、もうすこし」
「あとどれぐらい?」
が邪魔しなければ、20分ってところだな」
「雄太くん、ひどい」


 わたしはしかたなくダイニングをはなれて、シンクにマグカップを置き、ひとりでベッドへむかう。



 シーツとブランケットのあいだへからだをすべりこませると、ひんやりとしてつめたかった。だれもいない寝室はいつだってつめたいかんじがする。わたしはからだをまるめて、息をひそめて彼を待った。

 20分という時間が、気のとおくなるほどながい時間のようにかんじられた。永遠とは、この20分のことではないかとおもうほど。そのあいだに、わたしはこれからこの場でおきるであろう、さまざまなことを想像した。





 雄太くんがベッドのうえのわたしをみつけて、覆いかぶさるように抱きしめる。わたしは指先で、彼の髪の1本1本をたしかめるように、ていねいになでていく。

 おそくなってすまない。

 鼻を擦りあわせ、やさしいキスの雨を降らせて、彼がまるでひみつの話をするみたいにいう。わたしがちいさく首を横にふって、いいの、というと、すこしばかり口角をあげて、そうっとほほえむのだ。


 、今日は金曜日だよ。
 知ってる。だから、はやく。

 返事なんて、しなくたっていい。おたがいの服を脱がせて、そうしてやさしかった彼のキスは噛みつくようなそれになって、わたしはつい呼吸のしかたをわすれてしまう。くるしくなってのばした手は雄太くんの骨ばった、わたしのよりもひとまわりおおきな手によって阻まれ、つかまえられて、あっけなくベッドへ縫いつけられる。熱い舌が、わたしの耳や、首や、胸や、脇や、臍や、腿のつけ根なんかを、這うようになめて、そうしてふたたび唇へともどってくる。舌で舌をなめとるのは、ひとつに溶けあっていくようで気持ちいい。



 、もっとちからを抜いてごらん。

 わたしのからだはいともかんたんにひるがえされて、唇をはなれた彼の舌は、こんどは尻のふくらんだところや、背中のくぼみや骨にそって、あじわうようにゆっくりとなめあげていく。からだの奥からいいようのない心地よさがあふれてきて、しびれるようなあまい刺激におもわず声をあげてしまう。

 ああっ。

 雄太くんはそんなわたしをみて、まるで一面にひろがる草原のなか、満天の星空でもみたようなうっとりとした表情で、きれいだ、なんて、嘘みたいなことをいうのだ。

 嘘よ、嘘。
 ほんとうにきれいだよ。だから、よごしたくなる。
 いじわるなひと。
 そういうなよ。きみがすきなんだ。


 きみのせいなんだ。

 雄太くんの手や、からだや、ことばによって、わたしのからだはよごされ、そして、うつくしくなる。それはとってもしあわせなこと。

 何度でもいっていいんだよ。我慢しなくていい。

 そういって体勢を変え、突き刺していく彼のことばにしたがうように、わたしは何度もオーガズムに達する。やがて意識は遠のいていき、きがつけばまた、まっさらな翌日。
 それからまた、めぐりめぐって、金曜日。






、ねてるのか?」


 雄太くんが足音もなく寝室へ入ってくる。さっきまでキーボードをはじいていた指が、ブランケットをよけて、わたしのからだの輪郭を、やさしくなでる。ショーツのレースの模様をひとつひとつすくいあげるように。そうしてほら、たくさんのキスの雨。


「おそくなってすまない」
「ううん、いいの」

 彼の手がわたしの腿の内がわの、やわらかな曲線にふれた。
 はやく。
 はやく、もっといろんなところをさわって、引っかいて、突きうごかしてよ。

 どうしてもそのさきへふれてほしくて、自分の手をかさね、そのままショーツをずらしてつけ根のほうまで誘導すると、雄太くんはちょっとおどろいて、それから中指の腹をしずかにすべらせて、そこにしずめた。


「もう濡れてる」

 今日は金曜日。あなたのすきにしていい日。







2019.05.11