L'entracte
早朝、目をさましたとき、となりにあるきれいな顔にいつもすこしだけ緊張する。
かたちのいい唇、ながくのびた睫毛、きれいな弧を描いてとじられた目蓋、整った眉、毛穴のみあたらない肌、透きとおるような色の髪は、みているだけでも指どおりがいいのだとわかる。額にかかるそれを撫でるようにわけて、そうっと口づけ、まだねむっていてね、と心のなかでささやく。
メイクポーチから下地とファンデーションを取りだして、指の腹をつかい、顔の中心から外へむかって、ごく薄く塗った。雄太くんはもともと肌がきれいなので、塗っても塗らなくてもたいした変化はみられなかった。つぎにチークを取りだそうとして中を探っていたとき、ふいに彼の目蓋がぴくりと動いた。頬をすべる指の感触に、意識をもどしてしまったらしい。わたしは手をとめて、彼のようすをうかがう。うっすらとひらかれた目蓋の奥、焦点のさだまりきらない瞳を、しずかに追いかける。
「雄太くん、おはよう」
「
…お前、なにしてる」
「えっと…雄太くんにお化粧してます」
「俺に?」
「うん。だって、あんまりきれいな寝顔だったから、してみたいなあと思って…」
「……」
「…だめ?」
そういって彼の唇に自分の唇をくっつけて、まるで一生のお願いでもするみたいにじっとみつめて返事を乞うと、彼は無表情のまま、部屋の天井をぼうっとながめて、それからわたしの目をみてしばらくなにかをかんがえていた。それでも、結局はふたたび降りてきた眠気にまけてしまったらしく、「勝手にしてくれ」といって、あきれたように目をとじた。
わたしはそれを肯定的に受けとって、つづきをすることにした。どうせ起きてから顔をあらうのだし、眠気にまけてしまったのは彼なのだからしかたがない。
もういちどチークを取りだして、ブラシでふんわりとなじませるように乗せる。色は、彼の肌の色とこれからつけるアイシャドウとの色味を考慮して、あわいコーラルベージュにした。それから軽くお粉をはたいて、頬の盛り上がった部分と鼻筋、顎の先にハイライトを入れていく。
眉は、パウダーをつかい輪郭をぼやかして、眉尻はペンシルですこしだけはっきりと、長めに描き、目元はクリームタイプのブラウンのアイシャドウをアイホール全体にのばし、その上から中指で点描するみたいにボルドーのパウダーをかさねる。あまりスモーキーな仕上がりにしたくないので、ひろがってしまわないよう、すこしずつ、念入りに。それから目尻にむかって細く、睫毛のすきまをうめるようにあかるいブラウンのアイラインをひいた。
ほんとうは、このあとビューラーで睫毛をもちあげたかったのだけれど、寝ているひとにビューラーをつかうのはなかなかむずかしく、目蓋の皮膚まではさんでしまいそうだったのと、それでもあきらめきれずに挑戦すると案の定ちからの入れかたがうまくいかなかったようで、雄太くんが痛いとみじかく声をあげたので、これ以上はやらないことにして、マスカラを毛先に撫でつけるだけにしておいた。
そうしていちばんさいごにわたしのおきにいりの、こまかいラメの入った、薄付きの、瑞々しい朱赤のリップをはみ出さないようにていねいに塗って、うつくしい雄太くんの顔は、さらにうつくしくなった。わたしは、自分の化粧後なんかよりも、ずっとずっと満足感を得ることができた。
「できた…!」
すでにすこしずつ覚醒していた雄太くんに声をかけ、どうですか、と手鏡をわたす。彼は、鏡のなかの別人のような自分に絶句して凝視したあと、すこししてからひとこと、「まるで自分じゃないみたいだ」とつぶやいた。その表情ですらもわたしにとってはとても新鮮で、いとおしいものだった。
「女の子みたい…」
そういって彼にまた口づけ、かわいい、とにっこりわらいかけると、こんどは彼のほうからキスをくれた。肩をつかまれ、体勢をくずしたわたしはいともかんたんに押したおされてしまい、開け放したままのポーチの口から、大小さまざまなおおきさの化粧道具がベッドの上になげだされていった。
「
、俺は男の子だ」
朝日に照らされきらきらとつやめく唇がしだいに口角をあげ首筋に噛みついたとき、わたしはやっぱり彼を男の子と認識するほかないのだった。
2019.05.25