ポリッシュ







 久しぶりに入った彼の部屋、セミダブルベッドの下で転がるちいさなマニキュアを見つけた。指先でたぐりよせてみると、細かなラメが入った、明るいオレンジ色。こんなに派手な色、わたしの肌にはとうてい似合わない。どちらかと言えば、ほどよく焼けた褐色の肌にすこし筋肉質な、すらっと伸びた長い手足。髪や瞳はきっと明るいブラウンで、性格は、活発な感じ。そんな子が似合うだろう。頭のなかでバービー人形みたいな女の子が出来上がっていくのに、そう時間はかからなかった。


「これ、誰の」
「…さあ」


 整った目鼻。切りそろえられた前髪。目の前にいるこのひとも、わたしには不釣り合いなくらいにきれいな顔をしている。からだはじゅうぶん男のくせに。


「……」
「きっと昔の奴のだろう。今さら気にするな」

 彼は低く小さな声で、謝りもせず、ただ淡々と放り投げるように言った。わたしはベッドの縁に腰掛け、ふうん、と抑揚のない返事をひとつした。投げられたことばたちは、わたしの手で掬い取ることは出来なかった。正しくは出来なかったのではなく、しなかったのだけれど。そうして、会話を手放したままうっすらと埃を被ったそれの蓋を捻る。おそらく長いあいだこの場所で眠っていたのだろう、パリパリと音を立てながら、ふたりのあいだに鮮やかな色をみせた。鼻をつく有機溶剤のにおい。


「自分から聞いてきたのに、ずいぶん冷たい返事だな」
「…そう?」

 意地悪い笑みを浮かべながら、右膝を立てて踵をベッドの縁に引っ掛けた。源一郎はわたしの目の前に立ち、視界に影をつくる。その視線は、じりじりと膝から内もも、そしてスカートのなかの闇へと動く。敢えて見せつけるように紺のハイソックスをおろせば、まっしろな肌が露わになった。


「へんな色」

 まだすこしハイソックスの跡が残っている爪先に、ひとしずくの液を落とす。落とした瞬間に、たくさんのラメが光を放った。たったひとしずくのなかに弾けるいくつもの光。青みがかったようにも見える生気のないわたしの肌に、オレンジがひときわ浮いている。

「源一郎にも塗ってあげる」

 立ち尽くしたままの源一郎の左手をとり、薬指の爪に筆を滑らせる。皮膚の厚い、骨張った、男のひとの手。


「ほら。可愛い、ね?」

 すこしの嘲笑を交えながら上目遣いでたずねると、ぐいと腕を引っ張られ、すぐさま舌の根を吸われるような深いキスが押し寄せてきた。(ああ、怒らせたかな。)そう思ったのもつかの間、ベッドに押しもどされるようにして、簡単に組み敷かれてしまった。


「…源一郎」
「……」
「乾かさないと、服に、付いちゃうよ」


 陽の光にも似たそれは、キラキラとしていて、とてもきらびやかで、とても眩しくて、やっぱりわたしには似合わないのだった。







2008.10.16: 原案
2019.01.25