いちばんすきな、きれいなたべもの。







 喜一が部屋を散らかして、私がそれを片づける。
 われながらとても理にかなった生活だと思う。お互いに依存しながら、与えられるよろこびを待っている。


 わが家のリビングルームには小さな熱帯魚の水槽がある。喜一が実家の巨大な水槽からお気にいりの品種を厳選してつれてきたのだ。この子たちは、喜一の手によって、それはそれは丁寧に、大切に育てられている。そしてその見返りに、美しい色を放ち、私たちの生活に彩りを添える。


「食事の時間だ」

 夕食を済ませ、シャワーを浴びたあと、喜一が思い出したように水槽へと向かう。小さな家族の食事のために。プラスティックのちいさなスプーンをながい指でつまみ、水槽の上からやさしく振りかけていく。砂粒みたいな餌がはらはらと舞い、水の中へ。玉虫色の尾をなびかせて、たくさんの魚たちが一斉に撒かれた餌へ食らいつく。満足気な喜一の顔。


 私はこの時間をとても幸福に感じる。
 魚たちに餌を与えているときの喜一の横顔を眺めるのがすき。色とりどりの尾鰭や背鰭も美しいけれど、それよりも喜一のほうがずっとずっときれいだと思う。すっと伸びた鼻筋とか、切れ長の目とか、かたちの良いくちびるとか。スプーンを振る手の、骨っぽさとか。

 うっとりとした気分で甘く柔らかい視線を送っていると、喜一がくるりと向き直り、背を屈めて見詰め合う。尾てい骨のあたりから、甘い波がぞくりとせり上がってくる。胸の奥で、早くベッドへ行きたいと思ってしまう。早くベッドへ行って、たくさんあいしてあげたい。
 私のいちばんすきな、きれいなたべもの。
 迎えるように両手を広げ抱きしめると、よりいっそう強い力で返される。いまだ加減を知らない彼の抱擁は息苦しく、そのうえキスまでされれば窒息してしまいそう。けれどもそんなことはどうでもよくなってしまうくらいに、しあわせをくれる。


「いま、俺様のことを考えていただろう」
「なんでわかったの」
「顔に、喜一くん愛してると書いてある」

 こういう科白を平気でのたまうところも、またいとおしい。生理前の、多感な時期であれば苛立ってしまうこともあるけれど。いまは違う。今日は喜一も私もご機嫌だった。


、ベッドへ行くぞ」
「うん」
「はやく続きがしたい」
「うん。いっぱいキスして、いっぱいしよう」


 喜一が散らかして、私が片づけてあげる。







2019.02.10