さわって







 寝室の扉を開けておく。雄太くんのドライヤーの風の音や、電動歯ブラシで歯を磨く音、こちらへ向かってくるスリッパの足音がよく聞こえるように。ダブルベッドの上で下着姿のまま、肌触りのいいブランケットに包まれながら、雄太くんが洗面室の明かりを消し寝室へ来るのを、ひとり、待っている。


 暫くうとうとしていると、寝る支度を済ませた雄太くんが、ベッドの縁に腰かけた。薄く光っていたシーリングライトを消し、ベッドサイドに置いてあるスタンドライトの、小さな白熱灯をともす。
 もう寝るだけだというのに、丁寧に乾かされ、整えられた髪。パジャマ代わりのコットンのTシャツにハーフパンツ、その上から誕生日に私がプレゼントしたベアフットドリームズのカーディガンを羽織って、アラームをセットする。

 こうして重たくなった目蓋のあいだから就寝前の雄太くんの一連の動作を眺めていると、前世はたぶん女の子だったんじゃないかと思う。私はきっと荒っぽく単純な男の子で、雄太くんが賢くて可愛い女の子。私はすでにベッドの上で、セックスすることばかり考えている。


「そろそろ寝ようか」


 雄太くんの指が私の頬をやさしく撫でる。早く私の上に覆い被さってほしいのに、なかなかそうしてくれない。頬を撫でたり、髪を梳かしたり、心地よい刺激を与えつつ触れてほしい部分には一度も触れずに、後回しにされてしまう。
 私は雄太くんの腰に腕を巻きつけ、ふわふわしたカーディガンの裾に頬ずりする。プレゼントしたあと、あまりの触り心地のよさに、後日、自分用にも同じかたちの色違いを買ってきてしまった。雄太くんはくすくす笑いながら「ルームウェアだったら、お揃いも悪くないな」と言っていた。


「ううん。まだ眠くない」
「本当かな」

 そう言いながら、雄太くんがやっととなりに寝転がる。ブランケットの中、向かい合うようにして横になり、目線が同じ高さに揃う。さっきよりも、ずっと近くで触れ合う。私のと同じボディソープの香りが鼻を掠める。花束のような、甘美な香り。


「雄太くん、キスして」


 正面にうつる雄太くんの目が、まあるく開かれる。私は至って真剣な眼差しで、そしてなるべく色香を込めて唇を乞う。広がった目が、こんどは弧を描くように細く、やわらかく笑う。骨張った大きな手にあっけなく手首を捕まえられて、横に向き合っていた体は上下に体勢を変えられてしまう。
 雄太くんは綺麗な顔立ちの割りに、体にはしなやかな筋肉がほどよく付いていて、簡単に私の体を翻してしまう。そのたびに、やっぱりきちんと男の子なのだと感心する。すこし意地悪なところも。


「キスだけでいいのか?」
「…嫌」
「どうしてほしい?」
「……さわって」


 さわってほしい。
 雄太くんの肩口、カーディガンのふんわりとした綿菓子のような生地を、きゅっと握る。唇が目蓋に軽く触れて、それから鼻先、頬、口元へ。ときどき、さらさらした髪の毛が額に掛かって、くすぐったい。
 啄むようなキスのあとの、息継ぎのできない深く長いキスはそれだけで体の奥が蕩けてしまいそうになる。雄太くんの手は、器用に、でも性急に私の下着を脱がしていく。もうそこに、余裕なんてない。







2019.02.16