ごっこあそび
※変な話
※近親相姦を仄めかす表現が含まれます。苦手な方は閲覧をお控えください。
※キメツ学園設定・捏造過多








 わたし、ぜんぶ知ってたの。ほんとうはわたしなんかよりも、あの子のほうが好きなんだってこと。だからわたしに夢中になって、どうしたって埋められない、ぽっかりとあいてしまった穴を、わたしで埋め尽くそうとしているんだってこと。



***




 禰󠄀豆子ちゃんに似てるね。

 いろんなひとにそう言われて、自分でも、なんとなくそう思っていた。ながくてまっすぐなくろい髪、まあるく、人よりすこしだけおおきな桃色の瞳、それを覆う薄いまぶたにびっしりとくっついた上向きのまつげ。べつに似せようと思ってそうしたわけじゃないけれど、わたしとあの子はとてもよく似ていた。
 実際には、あの子のほうがわたしよりもあとに生まれているのだから、あの子がわたしに似ているんだって、わたしはみんなに言いたいくらいだったのだけれど。



「好きなんだ」


 放課後の、だれもいない教室の片隅で、人一倍責任感と正義感にあふれている炭治郎くんが顔を真っ赤にさせながらそう告白したとき、わたしは彼のことを、かわいいひとだなあと思った。それだけだった。
 いつからわたしのことを好きなのか、わたしのどんなところが好きなのか、訊ねてもいないのにそのひとつひとつを丁寧におしえてくれて、だからといって彼をすぐに心から好きにはなれなかったけれど、それでも嫌な気分にはちっともならなかったし、そもそもわたしには断る理由なんて見あたらないのだった。

 そうしてふたりで会う回数が増えていくうち、炭治郎くんにちょっと情がうつった。
 学校がひけてから、自転車置き場のわきの、古びた倉庫の前で彼を待っていると、こちらへ小走りで近寄ってきて、左手には通学鞄を持ち、「ごめんよ、遅くなって」と申し訳なさそうに笑いながらネクタイをゆるめ、制服のシャツのボタンをはずしてくつろげる仕草──そのときの右手の甲の骨ばった感じや、すこしだけ浮きでた太い血管、筋肉質な腕に、わたしはなんだか色っぽいなあ、なんて思うようになっていった。


 とくにアルバイトもしていないわたしたちは、おこづかい程度のお金しか持ちあわせていなかったので(炭治郎くんは実家のパン屋さんのお手伝いをしているけれど、アルバイトと呼べるような時給ではなく、あくまでお駄賃の類のものだった)、デートの場所はもっぱらわたしの家になった。
 彼は最初こそ緊張していたものの、数をかさねるとそういった余計な硬さやある種のうしろめたさみたいなものは徐々に薄れていき、いまではなんのためらいもなしに、脱いだ靴を玄関の一段下がったところへ整然とならべ、教室へ入るのとほとんどおなじようにわたしの部屋へ入るようになった。

 ふたりでからだをくっつけて一冊の雑誌を読んだり、録画しておいたテレビ番組や映画を見たり、帰りみちの途中で買った飲み物やお菓子を食べたり、他愛もない話をしたりして、そこにごくごく自然に、ふたりだけにしかわからない、かすかな空気の揺らぎがあって、その揺らぎがおたがいのスイッチでも入れたみたいに、わたしたちは唇を寄せあったり、ふかふかしたラグの上でシャツをたくしあげて、じかに肌にふれあったりした。
 彼のあつい指先がわたしのからだの輪郭をなぞって脚の内がわへふれるとき、わたしはこの家にだれもいなくてたすかった、両親が共働きでほんとうによかったと、そんなふうに思わずにはいられなかった。それでもときどき、どこかでかさかさと物音がするとたちまちわたしたちのあいだに電流のように緊張が走った。息をころしてドアや窓のあたりを注意ぶかく見まわすと、庭の樹の葉が窓ガラスをなで、音をたてているだけだった。


「炭治郎くん……」


 くすぐったいような、むずがゆいような淡い刺激に、おそるおそる彼の名前を呼ぶ。

、怖いか?」
「怖くないよ」
「痛いか?」
「だいじょうぶ」
「うん、それならよかった」

 彼はわたしの顔を覗きこむようにして目をあわせてから、まぶたを細めてにっこりと笑った。それはいつも彼が家族の、とくにいもうとの話をするときの、優しくもせつない顔なのだった。


 膝を曲げ、ひろげられたわたしの脚のあいだで褐色の肌が揺れる。深い赤色をした髪は汗をかいて、しっとりと額に貼りついている。肩を上下させながら繰りかえし繰りかえし息をして、何度も何度もわたしの名前を呼んでは、苦しそうに笑う。

「はあ……」

 ひときわながい息を吐き倒れこんでしまった炭治郎くんの背中に手をまわして、割れものを扱うように、よわいちからで抱きしめる。ひろい背中はじっとりと湿っていて、どくどくとからだを脈打つ音がきこえる。

、ごめん」
「ううん、いいの。疲れちゃった?」
「うん、ちょっと…」

 わたしはまわしていた手の片方を彼の頭のうしろへ持っていき、そうっと襟足のところをなでてから、こんどは額に貼りついた前髪を退け、生えぎわの部分のうっすらと隆起している痣にふれた。


「このまま、ずっと抱きしめていて」

 彼のピアスの先が頬をかすめて、多少のくすぐったさを感じながら、わたしたちは重なりあったまま、しばらくおたがいの息の音だけをきいていた。部屋のなかをあかるく照らしていたお日さまの光はすこしずつ傾きはじめ、燃えるようにあつく火照っていたからだはしだいに落ちつきを取りもどしてゆく。

の肌は、白くてやわらかくて、髪もさらさらしていて、ほんとうに綺麗だ」

 わたしの頭を包むように撫でながら、耳もとで、彼が優しくささやきかける。

「そう?」
「そうだよ、俺はが堪らなく好きなんだ」
「…ねえ、炭治郎くん」
「うん」
「わたしね、禰󠄀豆子ちゃんに似てるって、よく言われるの」
「…禰󠄀豆子に?」

 炭治郎くんが顔を上げ、鼻の先がふれるかふれないかぐらいのところでぴたりととまる。わたしの目をじいっと見つめて、あまりの距離の近さにふたりともなんだか恥ずかしくなって、困ったように笑う。


「おにいちゃん」

 声にだして、彼の唇に自分のそれをあわせる。まあるい目が、さらにおおきく開かれて、彼のからだが、ふたたび熱を持ちだすのがわかる。それはむくむくとふくらんで、まるで迫りくる恐怖から逃げるかのようにわたしの腰を掴んで、一所懸命に揺さぶっていく。



***




 わたし、ぜんぶ知ってたの。ほんとうはわたしなんかよりも、いもうとのほうが好きなんだってこと。だからわたしに夢中になって、どうしたって埋められない、ぽっかりとあいてしまった穴を、わたしで埋め尽くそうとしているんだってこと。


「おにいちゃん」

 窓ガラスにかかる葉の隙間から光芒のような西日が差しこみ、まぶしさに眩んで、とっさに顔を背ける。夕焼けの色に染まったラグの上にぼんやりとふたりの影が伸びて、まるでほんとうの兄妹みたいだって、そう思った。







2019.10.10