偽物
※変な話
※一部グロテスクな表現を含みます。








 今日は、昼から電話が鳴りっぱなし。
 そう言いながら、うんざりするわけでもなく、特段よろこぶわけでもなく、は身につけた服を外側から一枚ずつ脱ぎ、適当な大きさにぐしゃぐしゃと丸めて、傍らの肘掛け椅子へ放り投げた。安っぽい、デザイナーズチェアの複製品。合成皮革の張り生地は薄く、すぐにやぶれてしまいそう。脚のメッキが、偽物特有の、不気味な光を放ちながら、薄暗い部屋のなかで、銀色に浮かびあがっている。

 彼もまた同じように、自ら服を脱ぐ。は昼の本部からの着信を皮切りに、これまであった着信履歴の数々を読みあげていく。分刻みに入った着信。それも本部だけでない、取引先と呼ばれる人々、友人、先輩、後輩、それから、最後に彼の名前。たいていの仕事を、ほとんど窓のないあの建物のなかで、ひとりきりでこなしているというのに、彼女の人脈の広さに多少の驚きと疑念を持ちつつも、自分には何ら関係のないことと思い直して、服を脱ぐ。

「自慢かよ」

 まさか。はそう言って、肩を竦めた。
 そうして下着だけの姿になると、どちらからともなくキスをした。はじめは啄ばむようなそれだったけれども、しだいに深さも長さも増してゆき、体の奥は火照りだし、ぐずぐずに蕩けてゆくのだった。
 普段はつば付き帽を目深に被り、翳っている彼の顔が、今は、の目の前に、包み隠さずある。はまじまじと、舐めるように彼を見た。何度見てもやっぱり男性的で、きれいな顔をしているのだな、と感心する。そして、これから得られるであろう悦びに期待して、逞しく伸びた腕に触れた。


 貪るようにキスをして、は彼の上に覆い被さる。頭脳でも体力でも彼のほうがずっと上手であるはずなのに、今はただ、ベッドの上に寝転がり、四肢を投げだし、彼女にされるがまま、彼もまた悦楽の時を待っている。体のあちこちに口づけを落とし、染みのついたボクサーパンツをずり下げたところで、がうっとりと長いため息を漏らす。硬く、熱を孕んだ体部にそっと唇を寄せる。彼の右脚が、一度だけ、ぴくりと動く。はそれをちらと見た後、歯が当たらないよう先端に唾液を纏わせ、優しく咥え込んでゆく。より熱を持ち、硬度を増したところで口から離し、上に跨る。全身を、高揚した血液が音を立てて巡ってゆく。
 は下着をずらして、すでに充分なほど濡れている膣口へ当てがい、少しずつ腰を沈めた。初めは内側の粘膜が引っ張られるような、やや窮屈な感覚があり苦しんだものの、ゆるやかに上下の律動をはじめると、しだいに互いの体液が潤滑剤となって、粘りのある水音とともに子犬のような鳴き声をあげてしまうのだった。

 張りつく髪を耳に掛け、押し寄せる快感に、息を荒げる。彼は、の歪んだ表情と、天井の白さとを順に眺めた。彼の身長からすれば、女性を見上げる機会など、そうそうない。の顎から耳にかけての輪郭や、小鼻の形、長く伸びた睫毛、それから小さく揺れる乳房へと、視線をおろしてゆく。


 すると突然、双眼の奥が、キイン、という音をたて収縮してゆくのを感じた。視界が狭まり、まるでスコープを覗いているかのような感覚。目を細めると、浮かび上がったクロスヘアのレティクルが、に目標を定めた。

 を、撃とうとしていた。

 上から、眉間、喉仏、心臓の順に狙いを絞る。いくら狙撃と言えど、女性の顔に穴を開けるのは、なんだか後ろめたいような気がする。とは言え、喉仏となると、今のの呼吸では大きく上下に動いてしまうため、タイミングが難しく、よって、心臓部を狙うことにする。いまだ硬く上向いたままの、両の乳首の、真ん中から少し下。この距離ならば必ず命中、銃口が突き刺さり、引き金を引いた瞬間、は木っ端微塵になる。彼はごくりと生唾を飲み、息を止め、架空の引き金に指を掛けて、一気に引いた。螺旋状に回転した弾丸が勢いよく飛び出し、の心臓を貫く。強い衝撃とともに肉片が散り、鮮血が宙を舞う。短くも決定的なそれに声を発する暇さえ与えられず、ただ塵となった彼女を、彼女がいた空間を、彼は、瞬きもせず見詰めている。辺り一面が、深紅に染まる。ベッドの縁に取り残された、膝下までの足──唯一と分かる形をしたもの──が、ぼとりと床に落ちた。

 ふと横を向くと、トリガーホルダーは衣服に紛れ、肘掛け椅子の上に転がっていて、そこでようやく彼は自分がトリオン体でなく、生身の体であることを理解し、我に返った。そうしてこの惨虐な空想のなか、自らの手でもって彼女を殺めたことに心底ぞっとした。しかし同時に、ひどく恍惚としてもいた。額には、じっとりと脂汗をかいていた。


「見て」

 徐々に感覚を取り戻し、下腹部の生温い重みを感じはじめたころ、が彼を見おろして言った。湿った指先を、適度な厚みのある、筋肉質な胸の中央、ちょうど心臓の部分に重ね、力を入れてゆく。まるで先刻、彼が心臓に、照準を合わせたように。銃口を、突きつけたように。

「あたしがあんたを、やってるみたい」

 俺がお前を殺すとき、お前は俺を殺すだろうか。彼は内心でそう訊ねてみたいと思ったが、いよいよ声に出すのは躊躇われて、彼女の腰をぐっと掴み、膨らむ熱を押しあて、乱雑に揺さぶった。終わりを迎えるため潤んだ瞳は、はっきりと互いの姿を映し出している。心地よいはずなのに、どこか苦しげな、かなしい顔をしている。

「笑わせるなよ」

 彼が言うと、は薄らと口角を上げ、それから膝を小刻みに震わせ、嬌声とともに達した。強張っていた体は、萎びた草花のように、彼の胸に倒れかかる。彼女の浮き出た背骨をゆっくりと撫でながら、彼は、偽物の椅子の上、黒く無機質なトリガーホルダーを、ぼんやりと眺めた。そして、俺にを撃たせたのは、他でもないそれなのだと、確信した。安寧を保つためのそれが、自身を蝕んでゆく。を撃ちたい。撃ち殺したい。

「どうかしてる」

 生きているのに、死んでるみたいだ。そんなふうに、彼は思った。







'騎乗位'
2019.06.19