アロマキャンドルが好き







 わたしの趣味は、アロマキャンドルを集めること。つい最近まで読書だったのだけれど、今は、アロマキャンドルに夢中になっている。読書をするときにすこしムードを演出してみたくて、雑貨屋さんで何個か買って灯したら、その魅力にすっかり気を移してしまった。アロマに対しては、とくにこれといったこだわりはなく、ほんのり良い香りが漂っていればうれしい、という程度。いくつもの小さな火の先端が上に向かって細く揺らめいているのを見ると、なんとなく、心が落ち着くのだ。



 三ヶ月前、出水くんに告白された。一年生の時からおなじクラスだった彼は、とても気さくなひとで、すぐに打ち解け、友達になった。当時のわたしには彼氏がいたので、最初は出水くんのことをなんとも思っていなかった。
 彼氏とは一年生の五月頃に別れた。些細なことで喧嘩をしたのが原因だった。でもほんとうは、中学から高校に上がって、環境が変わってしまったことが大きかったのだと思う。

 告白されたとき、わたしはその場で返事をすることができなかった。すこし考えさせてほしい、と言って、一週間、猶予してもらった。その間に、わたしは仲の良い友達に相談した。その子は、出水くんは優秀なボーダー隊員らしいから、ぜひとも付き合うべきだ、と言った。
 この歳でA級隊員なんだよ。将来有望でしょ。
 わたしは性格の相性とか、そういうのを聞きたかったのに、彼の将来性とか、経済力とか、そういった現実的な評価を冷静にされてしまって、余計に分からなくなった。

 しばらく考えた末、彼とお付き合いすることにした。返事をしたとき、出水くんは安心したように大きく息を吐いて、それからものすごく緩んだ表情で、眉を下げて喜んでくれた。わたしはそんな彼の表情を見て、ちょっとうれしかった。


 彼は、薄暗くてせまいところが好きみたいだった。
 付き合って二ヶ月くらいたった頃、ボーダーの仕事を休んでくれて、いっしょに遊園地に行った。日曜日だったから園内はたくさんのひとで溢れていて、はぐれないように手をつないで歩いた。人気のアトラクションに乗るため、薄暗くてせまい、路地裏みたいな順路にならんで待っているとき、出水くんはべたべたとわたしの肩を抱き寄せたり、腰に手をまわしたり、どさくさに紛れてすこしだけおしりを触ったりした。

「出水くん、だめ…」

 ここは、まずいよ。ひとがいるから。
 わたしはなんだか変な気持ちになってきて、うつむきながらそう言った。けれどもそれは、大きなヴォリュームで流れるBGMや、アトラクションの留意事項を説明する放送にかき消されてしまい、彼の耳にきちんと届かなかった。

「ん? なに?」

 そう言って、彼はわたしの顔を覗き込んだ。向かい合って、じっと目が合う。鼻先が触れてしまいそうなほど近くて、体じゅうの熱が、顔に集まってゆく。
 もしかしたら、このまま、キスされてしまうんじゃないか。そんなふうに思ったけれど、でも、唇が触れることはなく、出水くんは、にっと歯を見せて笑った。全身から、ぶわっと汗がふき出る。彼は、恥ずかしがるわたしを見て、楽しんでいるようだった。

 その日は、交通費も、入園料も、園内で食べたご飯の代金も、すべて彼が支払ってくれた。お母さんから特別にお小遣いをもらってきていたので、せめて交通費だけでもと思い払おうとすると、彼は「ちゃんはいいよ、俺が誘ったんだから」と言って、どんどん先にお会計を済ませてしまった。

「こう見えて、俺、けっこう高給取りなんだぜ」

 コーキューとり。
 なんだか、古くさい言葉。出水くんからそんな、大人が使うような言葉がでてくるなんて思わなくて、わたしは出したお財布を引っ込めながら、彼がA級隊員っていうのはほんとうのことで、A級っていうのは、ほんとうにすごいことなんだ、と感心させられた。



 それから数日が過ぎて、出水くんは突然、学校を休んだ。先生は朝の出欠確認の時間に、ボーダーの任務のため欠席、と言った。教室を見渡すと、いつも出水くんといっしょにいる米屋くんは、出席している。ほかのボーダーの子たちも。なにか特別な任務なのかな。

 これまでに、ボーダーの任務のために欠席することはよくあって、この学校ではあまりめずらしいことではないのだけれど、わたしはいままでに感じたことのないぐらい、胸の奥がざわざわして、落ち着かなかった。
 出水くんのことが、好きになっていたのだ。
 友達と思っていた頃は、こんな気持ち、なかったのに。彼のことばかり考えては、ものすごく心配になって、つい、よくないことを考えて、どっと疲れてしまう。
 特別な任務。なにか、命に関わることなのかもしれない。だから選ばれたひとにしかできなくて、それはとても名誉のあることだけれど、同時にリスクも高くて、わたしがのんびり授業を受けているあいだにも、彼は、そんな生死を彷徨うような仕事を、しているのかもしれない。考えれば考えるほどこわくなって、思わず涙がこぼれた。

「ボーダーなんて、やめちゃえばいいのに」

 自分だけにしか聞こえないぐらいの声で、つぶやいた。
 わたしはもう、すっかり出水くんに夢中だった。



 出水くんが学校へ来たのは、その一週間後だった。わたしの心配をよそに、彼は元気に登校した。いつもとおなじように、クラスメイトと騒いで、けらけら笑っている。任務は成功したのかな。わたしは、ボーダーでの彼をあんまりよく知らない。知りたいけど、知らなくていいような気もして、それについて訊ねたことは一度もない。知ったところで、いろいろなことに、押しつぶされてしまいそうで。


「出水くん、今日、会えないかなあ」

 放課後、彼をわたしの家へ誘った。
 わたしの家族は、母親しかいない。その母親が、友達と旅行に行くと言って、昨日から家にはわたしひとりだけなのだ。

「まじか」

 事情を伝えると、出水くんはびっくりして、目をまるくした。口元は緩んでいて、喜んでくれているのが分かって、うれしい。それからすぐにスマートフォンを開いて、通常任務のシフトを確認してくれた。
 彼は夜の防衛任務が終わってから、わたしの家に来ることになった。


 遅くなるかもしれないから、夕食はボーダー内の食堂で済ませてくる、とのことだったので、わたしは昨日の夜作ったポトフを温めなおして、トーストしたパンといっしょに、ひとりで食べた。食べながら、出水くんがこの家にやって来るのを想像して、胸が踊った。彼が来るまでに、部屋の掃除を済ませておかなくちゃ。念のため、泊まってもいいように、お風呂も洗っておく。こういうときのわたしは、自分でも信じられないほど、てきぱきと動く。

 お皿洗いと掃除を終えて、ベッドに横になり、細長いクッションを抱きしめる。そうして、この前の、遊園地での出来事を思いだす。うれしさと緊張とで、胸がどきどきと鳴る。今日はふたりきりだから、だれにも見られることはないし、なんにも、まずいことはない。出水くん、今日は、なにをしてもいいよ。誘ったのは、わたしなのだから。


 わたしは自分の部屋にあるいくつものアロマキャンドルに、火を灯す。部屋のなかに、ほんのりと甘い香りが満ちてゆき、すこし落ち着く。
 彼が部屋に入ったら、なんて言うかな。たくさんキスをして、べたべたと触りあって、ちょっといい雰囲気になったら、照明を落としてみようかしら。きっと、アロマキャンドルが暗くなった部屋を、薄く照らしてくれる。彼は薄暗くてせまいところが好きみたいだし、わたしはアロマキャンドルが好き。わたしたちはたぶん、割りと相性がいい気がする。出水くんさえよければ、今日、泊まっていってほしいなあ。夜が更けて、彼がううんとあくびをして、眠たそうにしたなら、そう伝えよう。それで、もっとわたしが彼の彼女らしくなれたら、こんどはちゃんと、ボーダーについてのことをきいてみようと思う。







2019.06.19