うたかたの猫







 黒々と光る睫毛の隙間、切れ長の目蓋の奥で、真昼間の猫みたいに細く開かれた瞳孔が、絶えず熱い視線を投げている。遠征後、久しぶりに相見えた模擬戦で接戦の末に彼の脚を切り落とし、勝利したものの、身動きの取れない無様な姿になってまで闘争本能を剥き出しにしたその目が誰より好きだと告白したのは、ほかでもないわたしだった。


 スプリングのきいたベッドの上で、わたしたちは戯れあう。くすくす笑いながら、肩をぴったりくっつけて、くすぐりあって、手をつないで、指を絡めて、数えきれないほどのキスをして、どちらのものかも分からない唾液を舌先で舐め取ってゆく。だんだんとからだの芯が疼き、むず痒くなって、もっともっととおなかを空かせた欲張りなわたしは、掠れた声で彼を呼ぶ。

「陽介」
「ん? どした?」

 彼はゆっくりと口角を上げて笑う。余裕綽々とでもいうような態度で、肩口に触れ、わたしをいとも簡単に押し倒す。波打つシーツに沈んでいくからだ、ささやくような衣擦れの音。

「だっ、だめ」
「何がだめ?」
「恥ずかしい……」


 制服のリボンを抜き取られ、慣れた手つきでひとつずつボタンを外され、すこしずつ露わになる肌。ひんやりとした空気が鋭敏な皮膚を柔らかく撫で、背筋が粟立つ。わざとらしく水音を立てながら耳や首筋を舐められて、羞恥と快感にたまらず嬌声を上げる。待って。だめ。痺れるような甘く微細な刺激に、肯定のような否定を、うわごとのように繰り返す。


 軽く肩を押し返すだけの力の入らない抵抗は、彼の欲望を余計に掻き乱すだけだ。それなのに彼自身はいまだティーシャツを身につけたまま、いっこうに脱ぐ気配がない。わたしひとりが恥ずかしがって、快感に溺れ、嬌態を晒して、変になっていくのを、満足げに俯瞰して、楽しんでいる。

「ねえ」

 隙を見て、ささやかな抵抗とばかりに腰のあたりまで裾を捲り上げれば、ひとまわり大きな彼の手のひらに、ぎゅっと捕まえられてしまう。

「何してんの」
「陽介も脱いでよ」
「やーだよん」
「ずるいよ、わたしばっかり」
「俺はいーの。のかあいいとこ、ぜんぶ見して」
「だめ……」
「ついでにきもちいとこも、ぜんぶ教えて」

 そう言って、こんどは高校生の男の子らしく、にっこりと屈託のない笑顔を見せて、わたしの頭を優しく撫でる。覆い被さってたくさんのキスの雨を降らせながら、時折やわらかいところを強く吸われて、鈍い痛みが走る。赤色のような、紫色のような濃い血の色がじわりと浮き立って、でも、それすらも気持ちいいと感じてしまうのだから、きっとわたしは、どうかしている。近ごろは模擬戦のときでさえ、そうなのだ。揺らめく槍に喉元を貫かれ、噴き出るトリオンの粒子を浴びながら、捕食者のような目をして優越感に浸る彼の顔を、まるで薬物かなにかの中毒にでもなってしまったみたいに、気づけばうっとりと見上げている。


 陽介は割れ物を扱うような優しい触れかたで、わたしのからだの輪郭をそうっとなぞる。鎖骨のくぼみや、胸のやわらかな曲線や、腿の付け根のふくらみや、ふやけた割れ目をひとつずつ丁寧にたしかめ、ほぐしたあと、ベルトを外し、スラックスの前を寛げて、ゆるゆると腰を沈めていく。

「やべ、すっげえいい」


 内側を強く押され、擦られて、たまらなく愛おしいとおもうこの感覚は、なんだろう? 痛いのか心地いいのかすらもわからなくて、くるしい。くるしいのに、ずっとこのままで居たいって思う。やめて、でも、やめないで。何度も何度も揺さぶられ、すこしずつ意識が遠のいて、何も考えられなくなっていく。たったひとつ分かるのは、わたしは彼のことを、恐ろしいほどに好きだということ。本能のままに腰を浮かせて、口からは言葉にならない声がいくつもいくつも放たれる。ちっとも悲しくなんてないのに、目尻からは涙が垂れる。ひどく滑稽で、だらしなくて、それでいてとっても神秘的な、ふしぎな感覚。好き。大好き。交わした温もりなんて、たった一時迸る儚い恋の熱情なんて、いつか忘れてしまうけれど。だから、今だけは。


「好き」


 真昼間の、猫のような瞳がわたしを見ている。先刻までの余裕はどこかへ消え去ってしまったようで、眉を顰めて、呼吸は荒い。それでもやっぱり、まっすぐにわたしを見ている。

 彼の背中に手を回して、汗と体温とで生あたたかく湿ったティーシャツの上に爪を立てる。彼のにおいと、早まる心臓の鼓動。トリオン体では認めることのできないもの。しっとりとした甘酸っぱい空気の漂うなか、わたしは下腹部へのひときわ強い律動にくらくらと眩暈がして、その直後、ずっしりと、生身のからだの重さを感じる。胸をおおきく上下して、呼吸を整えながら、徐々に襲いかかる睡魔と倦怠感に身をゆだね、毛布に包まり目を閉じる。ひと眠りしたら、彼とふたり、いっしょにバーガークイーンへ行こう。







'生身での運動'
2020.05.03