ブラックデビル







 掃き出し窓を開け煙草をふかすの後姿を見ていると、俺はさっきまでほんとうにこの女とセックスしていたのだろうかと、なんだか懐疑的な気持ちになる。ブリーチを重ねて傷んだショートヘアは地毛の色なんてまるで分からないし、耳朶には撃ち抜かれたようにおおきなピアスホールがあいていて、俺はそこからときどき三門の街並みや、居酒屋のカウンターの向こう側なんかを覗いたりする。化粧気のない顔は肌も目元もほとんど飾らないが、口紅だけは真っ赤なのをいつも丁寧に塗っていて、その姿は明らかに女そのものだと思う。


「服ぐらい着ろよ」

 俺は床に落ちた彼女のティーシャツを拾い上げ、背骨の凹凸の浮き出た背中へ掛けてやる。築年数の古い安アパートの床は歩くたびに軋んだ音を立て、身に覚えのない汚れがいくつも染み込んでいて、いったいこの部屋でどれだけの男女が夜を共にし、どれだけの男女が別れを告げていったのだろう。

「見られたってへーき」

 は真っ黒な煙草を口から離し、薄墨をかけたような重い雲の掛かった空へふうっと大きく息を吐く。彼女のまわりをブラックデビルの甘い紫煙が包み、俺はその香気に眩暈を起こす。

「馬鹿、俺が困るんだよ」
「ああ、諏訪がまた変な女連れこんでるって?」

 笑いながらが振り向き、背中へ掛けたティーシャツが音もなく滑り落ちる。片手を床につき、脇腹のタトゥーが捻れて引き伸ばされる。それは彼女の歴代の恋人のイニシャルが硬貨ほどの大きさに彫られ暗号のように縦に並べられたもので、俺のイニシャルのKは全体の最下部である七番目に位置し、Kだけで見れば三番目、まだ新しいために痛々しく膨らんだ赤い肌が鮮やかに縁を彩っている。


「女を裸で外に出すような最低の野郎だと思われる」
「いいじゃん、あたしそういうプレイ好き」
「ざけんな」

 彼女は煙草を咥えたまま、肩を揺らして笑う。三日月のように細められた目、塗りたての口紅の赤が青白い肌に浮きたち、吊り上がった口角はまるで本物の悪魔みたいだ。実際には悪魔なんて見たことがないし、そもそも悪魔に本物も偽物もないのだろうが。それより俺は昨晩読んだ小説にきちんと栞を挟んだだろうか?







BLACK DEVIL ORIGINAL
「創作に使える短文お題ったー」様より、『君の香りに酔う』
2020.12.31