惚れたもん負け







 今日も、着々とソロポイントが削られていく。まわりのみんなからは、懲りないねってよく言われる。そりゃあ、あたしだってあんまり減らされたら困るけど、減ったってまだ、ぎりぎりマスタークラスだし。それになにより、太刀川さんのことが好きなんだもの。

 10本勝負して、10対0であたしの負け。よっつも年下のあたしにさえ、太刀川さんは容赦ない。だから、あたしも最初から殺すつもりで向かう。そして死ぬ。いつものことだ。あたしなんかが勝てるわけないし、そんなの分かりきってる。でもね、太刀川さんと戦うの、楽しいんだ。あたしにとどめを刺すときの、あの目が好き。


「わっ」


 両手に持ったスコーピオンが粉砕されて、あたしは真っ二つに斬られた。なんの飾り気もない部屋の、簡素なマットレスに叩きつけられて、10本目が終わった。

 あっという間。



「あー楽しかった」

 首の関節を鳴らしながら、太刀川さんがのこのことやってくる。あたしは10本ともすぐにベイルアウトしたから、たいして疲れてもないけど、マットレスの上に仰向けになったまま顔だけを横に傾けて、あの人がこっちへ近づいてくるのをぼうっと眺めている。

「あたしは全然楽しくない」
「そうか? 楽しくない?」
「…もう、しばらく太刀川さんとは個人戦しない」
「えっなんで」
「太刀川さんがあたしのポイント吸い取っちゃうから」

 頬を膨らませて睨みつけると、「ごめんごめん」と言って頭をぽんぽんとなでられた。
 さっきまであたしのことずたずたに斬り刻んで笑ってたくせに、最後はいつも優しくするから腹がたつ。それで結局ゆるしちゃう。


「腹へった」

 それから太刀川さんは、あたしの腕を掴み、体を引っ張り起こして、「ラーメン食いいこ」と言った。




 夜のラーメン屋さんは男の人ばかりだった。しかも、ラーメンて注文してからすぐに運ばれてくるから、みんなすぐに食べて、すぐに帰っていく。あたしが頼んだラーメンを待つあいだ、カウンターの端の席にはもう、来たときとちがう人が座っていた。


、今日手抜いたろ」
「抜いてないし!」
「なんか今日、あっさり勝った気がするんだよなー」
「…ねえ、太刀川さん」
「んー?」

 割り箸をぱきっと割って、麺をすすりながら、太刀川さんがあたしのほうを向く。口元はずっと咀嚼したまま。もぐもぐもぐもぐ。ここのラーメン、麺にコシがあるんだよね。スープはちょっとだけパンチが足りない気がするけど。


「あたしね、まだ痛むよ、あそこ」

 ごくりとスープを飲んだ太刀川さんが、勢いよくせき込んだ。気管に入っちゃったかなあ。

「まだ、なんか入ってるような感じがするの」


 あたしもおなじようにラーメンを食べる。太刀川さんみたいにうまくすすれないから、お箸でところどころつまみながら、そうっと口に持っていく。一度にたくさんすくえないから食べるのも遅くて、うつわの下の麺がちょっとのびてきた。太刀川さんはコップの水を喉に流し込んで、胸元を軽くたたいて呼吸を整えた。

「おまえ、それ今ここで言う?」
「あはは」

 コップの水を注ぎ足して、もう一度飲んだ。まだ口をつけていないあたしのコップには、水滴がびっしり張りついていて、まるで汗みたいだと思った。そういえばあのときも、太刀川さんはこんなふうに汗をかいていた。


「今日も俺んとこ来る?」

 あたしはちょっとだけ考えるふりをした。ふりをしただけ。だって、即答なんてカッコわるいじゃない。軽いオンナみたいで。

「…うん、いく」


 そのあと、すぐにお母さんへメールを送った。[今日は友だちの家に泊まるね]。数分で返信がきて、内容は[了解!気をつけてね]。お母さん、あたしは今さら、なにをどう気をつければいいの?




***





 太刀川さんの部屋は、けっこうきたない。カップ麺のフタとか、きな粉餅なんかの食べかすとかが埃っぽい床に散らばっていて、流し台には黒こげになった七輪の焼き網とか、いつかの飲みかけのペットボトルとかが転がっている。あたしはオトナの男の人の部屋に入ったことがなかった。だから、このまえはじめて太刀川さんの部屋を訪れたとき、すごくびっくりした。思わず「きったねー」と口をすべらせてしまったほど。

「うっせーな」

 あたしはなんだかおもしろくなってきて、意味もなく笑った。そうしたら、突然抱きかかえられて、ふたりでベッドに倒れこんだ。部屋に入るまえ、コンビニでお酒を買って歩きながら飲んだせいで、太刀川さんはちょっと酔っ払っていたと思う。それで、そのまま勢いでキスして、やっちゃったんだ。その日からあたしは処女じゃなくなった。つぎの日の朝、シーツについた赤黒い血のかたまりを見て太刀川さんが、「おまえ、処女だったの」と言ってあわてていた。シーツを剥いで、あたしをお風呂場に連れていき、ていねいに体を洗ってくれた。「ごめんな」と言う声がなさけなくて可愛かった。あやまることなんてなにもないのに。あたしは、太刀川さんの頭をよしよしとなでてあげた。




 今日も、そんなふうにしてベッドに入る。子どもみたいにくすぐりあって笑っていたら、太刀川さんの指が胸をつついた。

「柔らけー」
「あたし、こう見えてわりとあるんだよ、おっぱい」

 包むように触られて、ふわふわと太刀川さんの手のなかで形を変えていく。それを見て、あたしの体に対してすこし成長しすぎてしまった胸が、やっと真っ当な使われかたをしているように思った。


「あっ、やだ…」

 太刀川さんの顔がすぐ横にあって、呼吸するたびに息がかかってくすぐったい。だんだんと体のあちこちが熱く、敏感になってきて、ほんのすこし触れただけでも声が出てしまう。

「そんなかあいい声出すと、またやっちゃうぞ」
「…」
「なんか言えって」
「…いいよ、して」


 舌を絡めて長いキスをすると、苦しくて涙目になる。それを見た太刀川さんが「なんか俺がいじめてるみたいじゃん」なんて言うから、こんどはあたしからキスするの。可愛い声もとろけた目もぜんぶ太刀川さんだから見せるんだよ。太刀川さんのこと、好きだから。太刀川さんに見ててほしいから。あたしがよがって、変になってくとこ。

「太刀川さん、してよ。このまえみたいに」


 個人戦のときのあたしを殺す目と、いくときのあたしを見る目はちょっとだけ似てる。服を脱いで、裸になって抱き合えば、肌と肌がぴたりとくっついて気持ちいい。気持ちよすぎて、このまま太刀川さんとずっと一緒にいたらそのうち本当に死んじゃうんじゃないかって思う。でも、それでもいいの。どうせ惚れたあたしの負けなんだから。







2019.04.29