Right After X
※上記タイトルの企画サイト様に掲載していただいたSSたちです。
※すべて情事直後のシチュエーションとなります。
※上から掲載日順 : 太刀川、影浦、菊地原、王子、諏訪、唐沢、東、寺島、冬島、風間








・太刀川慶

 窮屈なシングルベッドの上、じっとりと汗ばんだ身体を寄せ合いねむる。あついからとエアコンの設定温度を下げたまま、しばらくしてこごえるような寒さに目が覚めて、床に放った部屋着を拾い、毛布にくるまりまたねむる。真夜中の、冷蔵庫みたいなこの部屋で、すこやかな寝息をたてているパンツ一丁の慶くんを見て、ああ、夏が来たなあって、あたしはしみじみ、そう思う。

夏 / 1, Aug. 2020




・影浦雅人

「あっつい」
 新鮮な外の空気を求め、窓を開けると、階下の換気扇の排気口から野菜や油や小麦粉、鉄板の上のソースの焦げるような香ばしいにおいが雨上がりのコンクリートの熱とともに立ちのぼり、わたしの食欲を刺激する。ほどよい倦怠感を纏った身体を窓の桟に凭せ掛け、外気を深く吸い込めば、こめかみの辺りから汗が滴り筋を引いて、なんとなくむず痒く、わたしは汗の伝ったところを指先で軽く引っかきながら、ふとカゲの言葉を思い出す。

「なんつーか、ここ最近、おまえといると痒いんだよな」
 そう言って鬱陶しそうにわたしをじっと睨むので、当時、彼の数少ない友達のひとりだったわたしは、正々堂々、言ってやったのだ。「それはわたしがカゲにとくべつな感情を持ってるからだよ」。するとカゲは「あ」とも「え」ともつかない形で口を半開きにして、静止画のようにぴたりと固まってしまった。そうしてふたたび動き始めたかと思うと、見る見るうちに耳を真っ赤に染め上げ身体をぼりぼりかきむしり、「そーかよ」と舌打ちして、それからわたしたちは付き合うことになったのだった。

「ねえ、今もわたしと居るとむずむずする?」
「あー…、まあな。もう慣れちまったけど」
「ふうん」
「今日メシ食ってくか?」
「うん! 外のにおい嗅いでたら、おなかすいてきちゃった」
 夏の長い薄明が窓の景色を藍に滲ませ、心地よく湿った生ぬるい風がレースのカーテンを静かに揺らす。わたしはお行儀悪く脚を開き、べとべとになった性器をティッシュで拭い、下着を身につけて髪を整え、黙々と着替えるカゲの広い背中に狙いを定め、「すきだよ」と甘くやわらかな感情の針を、たくさんたくさん刺してゆく。振り向いたカゲは半ばあきれたような、それでいてまんざらでもないような顔をして、「わざとやんのヤメロ」と、ぼりぼり身体をかいている。

心地よい痒み / 15, Aug. 2020




・菊地原士郎

 ぼくたちはふたり並んでベッドの縁に腰かけ、ラグの上に散乱した制服をぼんやりと眺めていた。それはいつかの夕方、防波堤の先からゆらゆらと海面に浮かぶ流れ藻や小枝や、西陽を反射し鈍く光るプラスチック塵なんかを眺めたときの感覚と少しだけ似ていた。きっと射精後の妙な浮遊感が、幼い頃に見た海辺の記憶を無意識に手繰り寄せたのだ。
「そこ、痛かった?」
「どこ?」
「肩のところ」
 彼女はぼうっとした頭をわずかに左右に揺らしながら(まるで海面を揺蕩う流れ藻や小枝やプラスチック塵のように)髪を梳く手を止め、肩口にくっきりと残る噛み跡に目を遣った。ぼくはなんだか恥ずかしいような申し訳ないような気持ちになって彼女から目を逸らし、「ごめん」と小さくつぶやいた。
「どうして謝るの?」
「だって、絶対痛かったでしょ。それにしばらく消えないと思う」
「ううん、わたし、全然痛くなかった」
 むしろ、気持ちいいのとうれしいのとで、痛みなんて感じてる余裕なかったよ。そんなふうに彼女が言い、眩しそうに笑うので、ぼくはうつむいたまま何も言い返せなかった。

海辺、反射する光 / 29, Aug. 2020




・王子一彰

 久しぶりに恋人に会う日、いつもより少しばかり早起きをしたぼくは、いつもより丁寧に髪をセットし、いつもより念入りに歯を磨き、いつもより服選びに時間をかけ、いつもよりちょっといいシャツを羽織り、駅前の大通り沿いの花屋へ寄ってあらかじめ頼んでおいた花束を受け取り、彼女へそれをプレゼントする。
 出迎えた彼女は満面の笑みを浮かべながらぼくを部屋へと招き入れ、ぼくはぐるりと部屋を見回したあと、どの花瓶に花束を飾ろうかと楽しそうに考えている彼女の後ろ姿を抱きしめ、薄いカットソーのなかに手を滑らせる。うなじのあたりから彼女の体温であたためられた花のようなシャンプーの香りが漂い、たまらず鼻を埋めると、彼女は困惑しつつもこれらの動作の意図を理解し、花束を活けるのはあきらめて甘い溜め息を漏らしはじめ、首筋を舐めるぼくをやさしく受け入れる──。

 そんなわけでぼくたちはよそ行きの服のまま淡い陽光が降り注ぐ床の上で一回目のセックスをし、乱れた服を脱いでベッドに移り、感情の高ぶりに身を任せすぐさま二回目のセックスをした。ぼくも彼女も、二回ともきちんとオーガズムに達することができた。
「今日は二回目よりも一回目のほうがいくのが早かったね」
「そう?」
「二回目はあまり良くなかったかな」
 ベッドに横になり、熱っぽく湿った彼女の肌を指先でなぞるように撫でて訊ねると、彼女は羞恥心を紛らすようにぼくに擦り寄り、弱々しい声でこう答えた。
「ちがうの。一回目のときの王子くんはいつもより少し乱暴だったから、なんだかどきどきして……、」
「それでいつもより興奮したんだ?」
「うん……」
 おどろいたことにぼくの可愛い可愛いお姫さまは少々乱暴なほうがお好みだったようだ。それならそうと、最初から言ってくれればよかったのに。乱暴なのはぼくだってきらいじゃない。
「覚えておくよ」
 ぼくは深い愛と了解の意味を込めて、彼女の額にキスをした。

お気に召すまま / 12, Sep. 2020




・諏訪洸太郎

 プルタブを引く。プシュッと威勢のいい音がして、喉仏が三度、上下する。
「やっぱ秋味はうめえな」
 大きく息を吐きながら、げっぷをこらえた諏訪が言う。わたしは気だるい身体をゆっくり起こし、彼の手のなかの缶を奪う。
 掴んだ指の間から、敷き詰められた紅葉が覗く。
「セックスのあとのビールって、なんでこんなにおいしいんだろう」
「汗かいたあとに飲むビールはいつでも最高だろ」
「まあね」
 もう長いこと一緒にいるものだから、近すぎて、小恥ずかしくて、あんたとだからおいしいんだよって、そのひとことがうまく言えない。

キリン「秋味」 / 27, Sep. 2020




・唐沢克己

 細い腕が蔓のように、俺の首に絡みつく。
 唾液で濡れた唇が緩やかに肌を伝う、
 官能的な放心の表情を浮かべながら。

「どうした、今日はやけに甘えるな」
「寂しいのよ」
「寂しい?」
「うん。すごく、すごく寂しい。わたしたち、会う度こんなに深くつながっているのに、わたしはあなたのこと、何ひとつ理解できた気がしないの。近づけば近づくほど、遠ざかっていく感じがする」
 月明りに青白く光る肉体の丸みのある輪郭を粘着質な視線の指先がゆっくりと撫でてゆく。突き刺せば弾けてしまいそうな、柔らかく張り詰めた表面を、視覚によって触覚を得るように。
「身体はよく理解していると思うけどなあ」
「身体だけならね。ねえ、もう一度しない?」

 官能的な放心の表情を浮かべながら、
 唾液で濡れた唇が緩やかに肌を伝う。
 細い腕が蔓のように、俺の首に絡みつく。

Haptique / 10, Oct. 2020




・東春秋

 トイレに行くと言い置いて、忍び足でベッドを離れ、脱衣所に飛び込み、洗面台の鏡に映った裸の自分の分身を、ギロリと睨んで威嚇する。身体じゅうがどちらのものともつかない体液でべとついて、すっぴんを装うため薄く仕上げたファンデーションはどろどろに流れ、芸術的なまでのシンメトリーを描いた眉は知らない間にどこかへ消えてしまったし、グロスを念入りに重ねて作ったつやつやの唇は何度もキスをしているうちにすっかり取れてなくなってしまい、血色悪く乾燥して、とても見られたものじゃない。
「……」
 照明のまぶしさに目を細め、鏡に顔を近づけてハアッと息を吐きながら、白く汚れた舌をだす。がさがさした頬に小さいにきびを発見して、我ながらほんとうに不細工だな、と思う。思うけれど、それでも今は心なしか女の顔をしているように見えるので、全然ヨユー、へっちゃらだ。
「どうしよう、なんだか無敵な気がする……」
 わたしはいま、盛大に恋をしていて、今日、その盛大な恋の相手と、それはもうとろけるように熱く、濃厚なセックスをしました。
 そのひとはセックスの最中、わたしの身体を隅々までじいっと見つめ、きれいだと言ってくれて、全身をものすごく優しく、くすぐるみたいにさわってくれて、丁寧に舐めてくれて、そして、わたしのことを、好きだと言ってくれました。フェラチオしてるときの悩ましげな東さんの顔、かわいかったな。苦しそうに笑いながら、ありがとうって、わたしの頭をぽんぽん撫でてくれたの。それから、ごめんと一言あやまって、そろそろ限界、入れてもいいかって、困ったふうにわたしにきくの。そのときの彼の表情がどれだけわたしの胸をときめかせたか、彼の低く掠れた声がどれだけわたしのアソコをびしょびしょに濡らしたか、みんなに教えてあげたいけれど、ぜったいぜったい教えてあげない。彼のそんな姿を見られるのは、わたしだけの特権なのだ。

恋は無敵 / 24, Oct. 2020




・寺島雷蔵

「シャワー借りるね」
「うーん……」
 随分と間延びした返事をした彼はゆっくりと身体を起こしてまず下着を探し、次に寝巻がわりのティーシャツを被り、それからテレビのリモコンを握って──彼女が「ねえ」と甘えた声を出し、停止ボタンを押すまで見ていた──映画のつづきを見始めた。途中でベッドの前のセンターテーブルに置かれたコーラのペットボトルが目に入ったけれども、この位置からでは手を伸ばしても取れそうにないので諦めた。

「ねえ、わたしの下着知らない?」
 しばらくして頭の上のほうで髪をまとめた彼女が濡れた肌にタオルを擦り付けながら戻って来た。彼が掛け布団を捲ると、くるくると丸まった彼女の小さな下着が現れた。
「風邪ひくよ」
 彼が彼女の下着を元の形に広げてやると、彼女は何も言わずにそれを受け取り身につけた。そしてテーブルの上のコーラと食べかけのポテトチップスの袋を掴み、彼のとなりにくっついて座った。
「雷蔵があったかいから大丈夫」
「それ、全然理由になってないから」
「えー、そう?」
 助言を聞き入れず、下着姿のままポテトチップスをコーラで流しこむ彼女の楽しそうな横顔を見て彼は短いため息を吐き、「俺にもちょうだい」と彼女に言った。

うすしお / 14, Nov. 2020




・冬島慎次

 ギシギシ軋むかたいベッドの上で大の字になって眠っていた素っ裸のあたしは、夜中にパチリと目が覚めた。となりで眠る冬島さんはぐうぐういびきをかいていて、髭は伸びてるし、(男のひとにしては)長い髪はぼさぼさだし、ほんとうにオジサンみたいだなあと思って、あたしは肩を竦めてすこしだけ笑う。

 今日はふたりとも仕事の都合がついたので、いっしょにファミレスで夜ごはんを食べ、そのあとすぐにホテルへ行った。だって久々に会ったのだから、だれにも遠慮せず思いきり声を出したいじゃない?
 ホテルに着いてからはやっぱりいっしょにお風呂に入り、ジャグジー付きのダサい色した(あれは何色って言えばいいんだろうといつも思う)だだっ広いバスタブの縁に片手をついて、おしりをちょっと突き出して、後ろから、アソコの入口のごく浅いところを冬島さんの指で何度も抜き差ししてもらいながら、あたしはもう片方の手でシャワーの水圧をちょうどいいように調節して、前からクリトリスに当てていく。するとあっという間に全身が強張り、太もものあたりがびくびく痙攣しだして、あたしは大きく背中を弓なりにしてオーガズムに到達し、その場にぺたんとへたり込む。
 そうやっていつも挿入の前には冬島さんの指や舌にたっぷりと愛されて、それでやっと念願のものが入ってくると、彼はちょっと腰を不規則に振っただけで低い呻き声をあげて、ひとりで先に達してしまう。付き合いはじめはそれでも問題なかったけれど、このごろはどうも物足りなくなってきて、あたしはもじもじしながら二回目をねだるのだけど、あのひとってば、今日はもうおしまいだの、朝にしようだのとぶつぶつ言って、すぐに寝ようとしちゃうのよ。それって結構ひどくない? だからあたしばっかり悶々とした気持ちのままとなりで仕方なく眠りにつくのだけれど、ほんとうに欲しくて欲しくてどうしようもないときには、黙って布団に潜り込み、そうっと舐めて立たせてあげる。オジサンだって立派なオトコなんだから、いくら疲れていても吸ったり舐めたりしてあげれば、たちまち元気になるものだ。

 こんなふうにとっても仲良しなあたしたちだけれど、ときどき彼が寝たあとで、あたしは急にセンチメンタルな気分になって、彼との将来をぼんやり考え出すことがある。
 あたしは高校卒業と同時にボーダーを辞め、いまはスポンサー企業に勤めるしがない会社員で、冬島さんは今ではボーダーでもなかなかのベテラン隊員で、A級で、上位で、ふたりのこの関係は、いったいいつまでつづくのだろう? 世の中にはもっと安心で安全な職業がいっぱいあって、それでもボーダーで働くことを選んだ冬島さんを、あたしは支えてゆけるだろうか? どんなときも彼のそばにいて、彼を愛し、敬い、慈しむことができるだろうか?
 考えれば考えるほど得体の知れない不安に飲み込まれそうな気持ちになるけれど、でも、そもそもあたしたちの間にそういった話題が出たことなんて一度もないのだ。
 たったの一度も!
「アホくさ」
 あたしは両手で顔を覆う。こういう深夜に陥りがちな、反吐が出るほど下らない処女じみた幻想に取り憑かれて、ひとりで勝手に思い悩んで、ふと彼のほうを見ると、口を開け、疲れ果てたオジサンの愛らしい寝顔がこっちを向いて、ピンク色がかった胡散臭い間接照明に照らされて、あたしはなんだか考えるのもめんどうくさくなってきて、今夜は大人しく寝ることにした。

考えごと / 22, Nov. 2020




・風間蒼也

 真っ暗な部屋で、裸のまま眠るのは気持ちがいい。細身だけれど筋肉質な蒼也くんの身体にぴったりと張りついて、お互いの体液のにおいが染み込んだ布団に包まれながらシャワー後の滑らかな肌に唇を寄せて、時折舐めたり、甘噛みしたりする。
「早く寝ろ。明日は一限からだろう」
「蒼也くん、起きてたの」
「くすぐったくて目が覚めた」
「あ、ごめん」
 暗がりのなか、カーテンの隙間から薄く漏れる外の灯りに照らされ、白っぽく浮かび上がった蒼也くんの顔はとてもきれいで、しずかに目を瞑っていて、一瞬だけ、知らない人みたいに見えた。
「明日もいっしょに居られる?」
 返事のかわりに彼の手のひらが優しくわたしの頭を撫で、その包み込むようなあたたかさにすっかり安心したわたしは、しあわせのうちに目を瞑る。

夜の温度 / 29, Nov. 2020









2020.07.29 - 11.29