5. いっしょに歩こう







 晴れてきちんとお付き合いをはじめることができたあたしたちは、いままでとおなじように、学校からあたしのアパートまでを一緒に歩く。これまでとひとつだけちがうことは、校門を出てすこしして、あまり人の通らない裏道に入ってから、手をつなぐようになったこと。彼のあたたかい手のひらが、あたしはとっても好き。


 出水と米屋が言うには、きょうすけはすこしまえまではふたりと同じ本部所属のボーダー隊員で、本部にはいまでもきょうすけのファンだという女の子たちが何人もいるのだそうだ。オープンにファンだと公言している子もいれば、ひっそりと恋心を募らせている子も数多くいるらしい。
 あたしはそれを聞いて、ちょっと恐ろしいなと思った。なにかの拍子にその子たちに一斉に知られたら、あたしときょうすけはどうなるのだろう。どうすればいいのだろう。興味は湧くけど、恐ろしい。それから、あたしはこうも思った。なんできょうすけはあたしを選んだのだろう?
 それは最大の謎だった。


「きょうすけってさ、あたしのどこが好きなの」

 つないだ手を歩くリズムに合わせて前後に振りながら、あたしは直球な質問を投げつけてみた。

「ぜんぶです」
「そーいうのなし。ちゃんと答えて」
「…」

 きょうすけはうんざりしたようにあたしの顔をじっとりと眺めてから、なにか言おうとして考えていた。あんまり間があくので、あたしは遠くを見詰めた。今日は朝からよく晴れていた。


さんの、目が好きです」
「目?」
「はい、最初見たときからずっと」
「そんなに特徴ないと思うけど…」

 目が好きだと言われたのははじめてだった。顔全体について言われたことは多少なりともあったけれど、ひとつのパーツに焦点を当てられたことはなかったから、なんだかどきっとした。目やにや抜けたまつ毛が張り付いていないか、空いているほうの手で目蓋を擦った。


さん、ときどき遠くを見る癖があるんすよ。そのとき、ちょっとかなしそうな目をするんです。さんは、気づいてないのかもしれないけど」
「全然気づかなかった。そんなにかなしそう?」
「はい。なんか、懐かしんでるような、かなしいような、そんな感じの」
「そうなんだ…」
「そういうとき、どこ見てるんですか」

 静かな住宅街の中、電柱の脇できょうすけが立ち止まり、あたしの顔を覗き込んだ。そうして、スカートが捲れ上がるほどの強い風があたしたちを襲った。何軒もの家々の庭の木が、ごうごうと揺れた。

 ふたりの影が重なるように伸びていた。
 どこ見てるんですか。


「あたし、きょうすけしか見てない」

 靡くスカートの裾を押さえることも忘れて、あたしたちは短いキスをした。






 きょうすけは、22時半をすこし過ぎた頃、あたしのアパートにやって来た。放課後一緒に帰ってから、その足でバイトへ行ったのだ。

 あたしもおなじように、コンビニへバイトに出かけた。勉強のほかに覚えることがないから、バイトの仕事内容なんてすぐに頭に入った。あたしの仕事ぶりを見て、店長が「若い子は成長が早くていいねえ」とまた褒めてくれた。
 コンビニのバイトは、新しい人がどんどん入っては辞めていく。あたしはいつの間にかまあまあのベテランさんになっていた。店長はひとり暮らしの高校生のあたしにいつも優しくしてくれて、廃棄になってしまうデザートや菓子パンなんかをよく分けてくれた。でもひとりではとても食べきれない量だったし、食べたところで深夜のコンビニスイーツの破壊力は充分わかっているので、つぎの日学校へ持って行って、お昼ご飯のときにほとんど友だちにあげた。



 今日の夜ご飯はチャーハンにした。昨日、お弁当用にと間違えてご飯を炊きすぎてしまったのだ。捨ててしまうのはもったいないから今夜はチャーハンにして、それでも余ったら冷凍保存するつもりだときょうすけに話したら、バイト終わりにご飯を食べに来てくれることになった。
 突然の約束にあたしは舞い上がってしまって、バイトのあとレディボーデンのバニラアイスなんかを買って帰った。


「うまいっす」

 きょうすけがあたしの作った即席のチャーハンを、話す間もなく食べ進めている。あたしはすでに自分のを食べ終えていたから、となりでリプトンのティーバッグをマグカップに沈めて、頬杖をつきながらすこしずつ減っていくチャーハンを眺めた。
 きれいな顔をしているのに、お腹が空いてるときはちゃんと男の子みたいな食べかたをするんだなあ、とぼんやり思った。


「ごちそうさまでした」
「お粗末さまです」

 食べ終えたきょうすけの食器を流し台の桶に浸して、アイスを取り分ける。出したばかりだと固くてうまく分けられないから、彼がチャーハンを食べているあいだに冷凍庫から出しておいた。フタを開けると、やわらかく食べ頃になったバニラの甘い香りがした。

「はい、アイス」

 淡いクリーム色のそれにスプーンを添えてテーブルの上に置くと、きょうすけが「ありがとうございます」と言ってひと口食べた。それからあたしも腰を下ろしておなじようにひと口食べた。つめたくて、甘くて、まろやかな風味のそれは、バイト後のからだにはとても心地よく染みた。


「きょうすけさ、髪切らないの」
「そろそろ切りたいっすね」
「暑そうだもん」
「でも、全然切りに行く時間がないんすよ」
「あたしと会わないで切りに行きなよ」
「それはちょっとできないです」
「じゃあ、あたしが切ってあげようか」
「……」

 きょうすけはいつもみたいに、顎に手をくっつけてなにか考えてから、つぶやくように言った。たぶん彼なりにあたしを傷つけない断り文句を捻り出そうとしたのだ。

「…切ったあとの掃除が大変そうなんで、やめときます」
「それも、そうだね」
「気が向いたら切りに行きますよ」



 あたしたちはアイスもきれいに平らげて、一緒にお皿を洗った。きょうすけが洗って、あたしがフキンで拭いて、食器棚にしまう。気づかないうちに、きちんと役割りが分担されていた。

「そういえば、さんは俺のどこが好きなんですか」

 お皿を洗い終えて、自分の手を石鹸で洗いながら、きょうすけが訊ねた。昼間、あたしが質問したこととまったく同じ内容だったから、仕返しなのだとすぐにわかった。


「うーん、顔?」
「顔…」
「あっ、うそうそ、顔も好きだけど、ほんとはちがうから」
「はあ…」

 じっと睨むようにあたしに目線を送ったきょうすけは、タオルでていねいに水気を取り、ラグの上へと戻った。彼の頭越しに見えたテレビには、いろんなジャンルで活躍する有名人の自宅拝見コーナーが流れていた。大理石の床の玄関が、大ぶりなシャンデリアの光に反射して、白すぎてまぶしかった。


「ねえ、あたしの好きなタイプ知ってる?」
「知らないです」
「知りたい?」
「……教えてください」
「家族思いで、優しくて、料理上手な人」
「…それ俺のことすか」
「うん、そうだよ」

 きょうすけはテレビの電源を切り、「エプロン貸してください」と言ってあたしをきつく抱きしめた。あたしはたまらなく愛おしくなって笑った。







end.
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2019.05.09